プライドはズタズタになりながらも

場面緘黙の症状があることを、特に会社には知らせずに1年2か月生活していたのですが…、話し方が変(反応が薄い、答えるのに時間がかかるなど)なことを会社の人にかなり笑われる毎日でした。さすがにもう限界になりそうだったので、上司に、「場面緘黙」というものが世の中にあることから説明し、私も幼少期からその傾向があることを知ってもらいました。そして、一部のよく一緒に仕事をする人たちにも私の症状について伝えてもらいました。

そしたら、かなり気持ちが楽になりました!それまでは、朝起きたときに心がとても重くて、いままでの人生であったいろいろな嫌なこと(会社で笑われたこととは無関係な過去の嫌なことも含む)が無意識のうちに浮かんできてしまっていたのですが、上司に相談してから、それが無くなりました。今までどれだけ重い気持ちで会社に行っていたのだろう…。上司には本当に感謝しています。

ただ、この問題って、現時点では上記のような解決法が現実的ではありますが…、そもそも場面緘黙への世の中の理解があれば、私は笑われなくて済んだのでは?(怒)と思わずにはいられません。「私は場面緘黙という症状があるのでフォローをお願いします」というように下に出なくてはならないのももうウンザリです。プライドはズタズタです。

私はどんなに笑われても、悔しいから一回も会社を休んだことはありませんが、ほかの人だったら休んでしまってもおかしくないくらい人格を傷つけられました。でも、笑った人が悪いとも言い切れません。今の世の中では、場面緘黙という症状の人がいることを学校の場であまり教えないからです。だから、この問題で一番悪いのは学校教育だと思います。もっと、いろいろな子どもがいることを、いろいろな価値観があることを学校という場で教えてあげてほしいです。(話したくてもどうやっても体と思考が動かなくて話せない子どももいるんです。)教科教育よりもずっと大事だと思います。そうすれば私は、ほかの場面緘黙の方々は、笑われなくて済んだのに、苦しまなくて済んだのに。ここに書いているだけじゃなくて、しかるべきところにも必ず伝えていきます。

私は今回の体験から、場面緘黙に理解のない世の中を変えようと決めました。10年以内に以下のようにしていきます。

①「場面緘黙」という言葉をほとんどの人が知っている・書ける

②場面緘黙っぽい人を見かけてもみんなわかるから何も言わない(笑ったり、「話さないね、おとなしいね」と言ったりしない)

③万が一場面緘黙を笑った人がいても、その人が怒られる(「笑わないでください」と場面緘黙の人が下に出る必要はなくなり、対等になる)

笑われるのは私で最後にしたいです。これから世の中が変わるのであれば、私のズタズタになったプライドも無駄ではなかったと思います。