何をやっても悪者にされる悪魔(スウェーデンの昔話)

「何をやっても自分は評価されない。ほかの人は評価されているのに…」と思ったことはありませんか。

私が子どもの頃読んだ話で印象に残っているものがあります。

「がっかりした悪魔」というスウェーデンの昔話です。

沼に牛が落ちたのを、(何もしていないのに)悪魔のせいにされ、悪魔が牛を助けたところで、感謝されるのは神様であり、悪魔は全く感謝されない…という話です。

この話は「ユーモラスな話」として本の中で紹介されていましたが、本当にそうなのか!?と思ってしまいました。

私はこの悪魔の気持ちがわかるような気がしたからです。

私もアピールが得意ではないため、(やっていることの割には)自分がやったことが評価されることがあまり多くないように思います。逆に、自分のやったこと・思っていることをうまく話せる人は評価されやすく、物事がうまく運びやすい傾向にあると考えられます。(本当に正しいことを言っているかどうかよりも、アピール力で決まってしまっているような気がします。)

そのように、何を言っても認められる人とそうでない人がいることを、この昔話は伝えたかったのではないでしょうか?だとしたら、すごく鋭いところをついている話だと私は思いました。

 

私は、場面緘黙などのためアピールが苦手な人を助けるための記事をこれから書いていきたいです。

(資格試験の勉強のため、記事をしばらく書いていませんでしたが、再開しました。)

 

 

参考:西本鶏介『一日一話シリーズ 読み聞かせ 世界昔ばなし①』(小学館、1,997年)

 

 

マイナスをプラスに変えた体験⑤

⑤就活アドバイスの学生団体に入ることで下級生・後輩の役に立つ

→場面緘黙の症状が今よりひどく、学校で一言もしゃべっていなかった小学校時代、朝は近所の他の小学生と登校班を作って登校していました。そして、私が一言も話さないことを同じ登校班の下級生たちに馬鹿にされていました。(場面緘黙児は日常的に馬鹿にされることが多く、自尊心が低いのが特徴だと言えると思います。)

小学校時代は下級生に馬鹿にされる経験をしたので、私は下級生というものには良い思い出がありませんでした。下級生や後輩に慕われるということは私の人生にとって縁のないものだろうと思っていました。

ですが、この経験をよいのものに変えたいという思いが大学生になって湧いてきました。自分は下級生に嫌なことをされたが、逆に、下級生・後輩に喜ばれるようなことをしたらよいのではないか、と。

私は大学4年で内定を獲得した後、後輩に就活アドバイスをするような大学の学生団体に入りました。(その活動はかなり楽しく、やって正解だったと今では思っています。)

そこでは内定を獲得した学生の代表として、学内就活セミナーで面接の再現を学生数百人の前で行わせてもらう機会もあり、いい経験になりました。(私は今でもよく話す方ではないので、控えめな学生の多い地方国立大学では、私みたいな話し方の人を参考にしてもえたらよいかなと思って面接セミナーを引き受けました。)

この経験で、(自分が必要とされることで自尊心も高められるし、)やられた嫌なことはいいことで返すっていうのも一つの方法かなと思いました!

 

東京本屋めぐり

本屋に行くのが好きなので、都内でこれまでに行った主な本屋を挙げてみます。

本屋ってどこも同じようですが、実は同じ本でもどのような本と近くに並べるか(一冊の本をどう分類するか)などが店によって異なっています。それを見るのが本屋めぐりの楽しいところだと思います。

 

〈大きい本屋〉

ここでは都内の大きめな本屋と特徴を紹介します。

八重洲ブックセンター八重洲本店

→専門書が充実

丸善丸の内本店

→ビジネス書多め

三省堂書店神保町本店

→ランキング形式で並べてある棚が目立ちます

ジュンク堂書店池袋本店

→全10フロアをエスカレーターで移動していると、いろいろな学問の世界を移動しているような気分になります

紀伊国屋書店新宿本店

→演劇関係が充実

〈book&cafeになっている本屋

本屋に併設するcafeを利用すると、なんと本が無料で試し読みできるという、「book&cafe」の形式をとる本屋を挙げてみます。…ってツタヤしかない笑

TSUTAYA 有楽町マルイ店

TSUTAYA神谷町駅前店

TSUTAYA新橋店

・TSUTAYATOKYOROPPONGI店

TSUTAYA大崎駅前店

・代官山蔦屋書店

〈その他、本に関するnewスポット〉

その他、泊まれる本屋だったり、お酒が飲める図書室だったり…最近できた本に関するnewスポットをご紹介します。

・BOOK AND BED TOKYO

「泊まれる本屋」。有料で泊まることができます。有料で泊まらずにデイタイムでの利用も可能です。(デイタイムは予約できませんが、私はこの前、開始時間頃に行ったら入れました。)ソファがあっていろいろなジャンルの本が読めます。

・森の図書

有料で、お酒を飲みながら、店内の本を自由に読めます。

 

あなたの周りにいる「おとなしい人」

みなさんの周りには、一言も話さないような人がいませんか。もしかしたら、その人は「場面緘黙(ばめんかんもく)」という症状かもしれません。

私もそうなのですが、「家では普通に話せるのに、幼稚園や学校や会社など社会的場面では話すことができない」という症状があり、「場面緘黙(ばめんかんもく)」という名前がついています。人口の0.5%くらいはいるといわれています。

原因は複合的で人によって異なりますが、不安になりやすい気質をもっている人がなりやすいようです。

現在全く話さないわけではなくても、子どもの頃に場面緘黙だった後遺症で、声が小さかったり、オドオドした様子である人もいます。(私がそうです。)

皆さんにお願いがあります。話し方が変な人がいたとしても笑わないでください。

その人たちがもっと社会に出にくくなってしまいます。

あるデータによると人口の0.5%は場面緘黙ですから、社会に出て何人か見かけていてもおかしくないのですが、この症状を抱えている人は社会に出にくいことが多いです。そして、社会に出てこのような人たちを見る機会が少ないので見かけたときに、周りの人は笑ってしでまうのでしょう。そして笑われた人たちは社会に出なくなる。これでは悪循環です。(吃音についても同じことを鴻上尚史さんがいっています。下記の参考を参照ください。)

みなさん、どうかごご理解をよろしくお願いいたします。

参考:かんもくネット著『場面緘黙Q&A』(学苑社、2011年)

   鴻上尚史著『表現力のレッスン』(講談社、2008年)

離れてみれば喜劇

シナリオの勉強を趣味でしているのですが、面白いと思った考え方があります。

「喜劇」は何を持って「喜劇」と呼ばれるのでしょうか?

面白いギャグが入っているから…というわけではないようです。

劇のジャンルを決定するのは「視点」だそうです。

喜劇では作者の視点が批判的で、対象に対して目線が上からになっているようです。(突き放している)

これに対して、社会劇やメロドラマ、サスペンス、アクションでは作者の目線が対象と同一であるようです。

これはかなり面白い気づきだと思いました。

自分の悩みも少し視線を離して考えられれば、「喜劇」としてあまり深刻に考えすぎずに済むのかな思います。

私が前に書いた「ZOO(ずー)っと付き合う」というブログ記事も、問題を外在化するということで、喜劇の考え方に近いのではないかと思います。

場面緘黙の人にも取り入れてみてほしい物事の捉え方です。

 

参考:新井一著『シナリオの技術』(ダヴィッド社、2012年)

 

「ZOO(ずー)っと付き合う」

場面緘黙の人って特有の性格があります。

私にも次に挙げるような性格・特性があります。

毎回いろいろな人に指摘され、嫌になるんですが、その嫌な面(特性)を動物のキャラクターにして客観視してみたらどうかなと思って、やってみました!(心理学的には問題の「外在化」といって、人と問題を別として捉えるカウンセリングの技法のようです)

●「間ライオン(マーライオン)」…話すときに、あがって簡単な単語でも忘れるため間ができるという特性。

●「ハイシカ」…相槌が「はい」しかないという特性。

●「ゼンタイゾウ」…物事の全体像が見えてからでないと取り掛かれないという特性。(完璧主義とも近いかも)全体像が見えるまでは、周りからはフリーズしているように見えている。

●「平等鳥(ビョードードリ)」…すべての人と平等に接したいと思う特性。特定の人とだけ親しくなったりできない。

 

マイナスをプラスに変えた体験④

場面緘黙だけではなく、ある家庭問題にも悩み続けた小中時代。ものすごくつらかったですがそれを「昇華」させた体験があります。

④社会を変えるため法学・心理学を学ぶことが自分のためにもなる

 →自分自身が家庭問題で苦労した(具体的な内容はここでは説明しませんが…)ので、大学では家族について勉強しようと考えていました。そして、社会から自分が経験したようなこころの痛みをなくしたいと思いました。自分自身のつらかった体験を何とか「昇華」させて、社会のためになることをしようという思いがありました。法学部に入り、サークルの一つである法律相談部に入り家族法分野の問題の法律相談を担当していました。家族法分野(離婚・相続など)を学んでいて、家庭問題には心理学的な知識も必要な分野もあることを知りました(家庭問題が背景で起こる少年事件など)。私自身は少年問題を身近に感じるような体験は今までなかったのですが、興味の分野をどんどん広げていきました。こうして私は法学と心理学の融合した分野に興味を持つようになっていきます。大学1年の終わりごろから、心理学の分野についても予備校の講座と独学で勉強するようになりました。

そして、大学生活で学んだ法学と心理学がものすごくおもしろかったです。社会のために勉強した結果が自分のためにもなりました。勉強が生きがいになりました。法学は、こんな楽しいことがほかにあるのかと思った演劇と同じくらい好きになりました。(法学の楽しさについては別途記事を書きたいです)。また、心理学を学んだことで脳のメカニズムなどがわかりました。これによって勉強の仕方を工夫することができ、大学の学部成績が200人中6位になり、卒業式で表彰されることもできました。